ポーツマスを出たワイトリンクのフェリーがソレント海峡を渡り始めて23分、ミス・キャスリングはまだケースを手放していなかった。
ロンドン警視庁警部補のミス・キャスリングは、アッパーデッキの手すりに立ち、片手にハードカバー小説ほどの小型チタンケース、もう片方の手でウィッグを風から守っていた。紫のスパンコールコート。20センチのプラットフォームブーツでデッキに踏ん張る。ブロンドのウィッグが、美に対する敬意を一切持たない突風と必死に戦っている。
「ウィスキー、なんでフェリーなのよ!」
その横を、かなり低い位置で、サージェント・ウィスカーズが後ろ脚で立ち、前脚を低い方の手すりに載せていた。正式にはロンドン警視庁自律捜査課シリアルユニット09。AI搭載のロボット猫であり、ミス・キャスリングのパートナー。だが彼女は「ウィスキー」としか呼ばない。ブリティッシュショートヘア型、体重10キロ。チタン合金のフレームを覆う高密度のブルーグレーの毛並み。後ろ脚で立てば60センチ弱。耳は触ると柔らかいが、中には指向性マイクが詰まっている。塩風にぺたんと伏せられていた。
「ワイト島は島だからです。」
「島なのは知ってるわよ!ロイヤルメールで送れなかったの?」
「あのケースの中の部品はクラス7機密部品です。警部補以上の階級の警察官による直接手渡しが必要です。」
ミス・キャスリングはケースを見下ろした。ウィスキーを見た。もう一度ケースを見た。
「つまり猫の壊れた臓器を抱えてソレント海峡を渡ってるわけね、私。」
「不具合により私の下部胸郭ハウジングから取り外された共振モジュールです。応用技術ラボが分析を必要としており、交換ユニットが現地に用意されています。ですから、臓器ではありません。」
「でもあなたから出てきたんでしょ。」
「はい。」
「自分で持てないのは?」
「摘出されたコア部品に接触すると強制システムロックが作動します。設計上の安全措置です。」
「つまり……固まるの?」
「完全停止します。」
「フェリーの上で?」
「……フェリーの上で。」
彼女はケースをぎゅっと握りしめた。「すばらしい。」
ワイト島が霞の向こうに現れた。誰かが海に落とした緑色の絵葉書みたいに。フェリーはフィッシュボーンに接岸した。ミス・キャスリングがチタンケースを小脇に抱え、ウィッグをかろうじて保ちながらターミナルに降りた。
「で。ラボまでどのくらい?」
「応用技術ラボはニューポートの南12分の場所にあります。」
12分。余裕。
A3054でニューポート方面へ向かう。ウィスキーが運転。ブースターシート、10時10分、規定速度。ミス・キャスリングは助手席、膝の上にチタンケース、窓の外を流れる田園風景を眺めている。緑の野原。石造りのコテージ。クリームティーを買って野心を全部捨てたくなるような、あのイングランド。
そして、見えた。
「車止めて!!」
ウィスキーがブレーキをかけた。滑らかに。正確に。パニックはしないが、なぜ停車を求められたのか非常に知りたい機械のブレーキ。
「何の緊急事態ですか。」
彼女は助手席の窓の外を指さしていた。指が震えている。
道路の左側、低い石壁の奥に建物があった。横に長い、白い、工業的だけど陽気な建物。煙突から甘く温かい湯気が上がっている。
「ウィスキー。」
「建物は見えています。」
「マシュマロ工場よ。」
「看板が読めます。」
「マシュマロ工場よ!!!」
ウィスキーが看板を見た。ワイト・マロウ社、1955年創業の手作りマシュマロ。看板の隅で、丸くて白くてにっこりしたマシュマロのマスコットが手を振っていた。自分が食品であることを知らないものの、容赦のない楽観主義で。
「ミス・キャスリング。応用技術ラボが待っています。」
「5分だけ。」
「いいえ。」
「5分よ、ウィスキー。見るだけ。」
「ポートベロー・ロードのヴィンテージ屋台でも『5分だけ』と言いました。43分間滞在し、ジャケットを購入しようとしました。」
「これは違うの。マシュマロよ。」
「何が違うのですか。」
「マシュマロは必需品だからよ。」
ウィスキーがまばたきした。一回。長いやつ。この議論に勝つ確率を計算し、表示できないほど小さい数字にたどり着いた機械のまばたき。
「……5分。」
「5分!!」
エンジンが止まる前に車を飛び出していた。
工場見学は5分では終わらなかった。
受付にいた女性は白いエプロン姿の陽気な印象で、名前はジャンと言った。彼女が試食を勧めるという破壊的な過ちを犯したのだ。
ミス・キャスリングは左手にワイト・マロウ社オリジナルの真っ白なバニラ味、右手に薄いローズ色のラズベリー味のマシュマロを両手いっぱいに持っていた。いくつかのマシュマロを口に頬張りながら目を閉じている。その表情をウィスキーの感情認識ソフトウェアは「スピリチュアル体験」と分類した。
「ウィスキー。」
「います。」
「天国を見つけたわ。ワイト島にあったの。」
「現在、予定より14分遅れています。」
「食べてみて。」
「食事はしません。」
「嗅ぐだけでいいから。」
「娯楽的な嗅覚の使用はしません。」
彼女が目を開けた。マシュマロの栄光を永遠に知ることのない存在を見つめる、深く、心からの憐れみの目で、ウィスキーを見た。
「かわいそうな、ロボ猫ちゃん。」
ジャンが別のトレイを持って現れた。塩キャラメル。パッションフルーツ。トーステッドココナッツ。島限定のラベンダー。
彼女が発した音声を、ウィスキーのオーディオプロセッサーは「通常の人間の声域外」とフラグした。
「12袋ちょうだい。」
「ミス・キャスリング。」
「フィールドワークよ、ダーリン。」
ジャンが嬉しそうに袋を詰めに行っている間、ミス・キャスリングは工場の奥へ入り込んでいった。マシュマロ液がゆっくり泡立つ大釜。完璧な白い枕の列を運ぶコンベアベルト。工場生産規模のマシュマロ製造が生み出す、甘くて温かい砂糖雲の匂いが、空気の分子すべてを満たしている。
「ここは……」蛍光灯にスパンコールをキラキラ輝かせながら、工場のど真ん中で両腕を広げ、フルボリュームで宣言した。「今まで来た中で最も美しい場所よ。」
「ニューボンドストリートのシャネルでも同じことを言いました。」
「あれは前世の話。」
「ミス・キャスリング。出発しなければなりません。」
「もう一口だけ……」
「今すぐ。」
応用技術ラボは、マシュマロ工場から800メートルほどの小道の突き当りにあった。看板なし、表示なし、改装された大きな納屋。古い石壁の上はスレートグレーの屋根。屋根にはソーラーシステムが装備され、その隙間のあちこちに衛星アンテナが自生したキノコのように取り付けられていた。足りなければまた一つ、と増えていくようなアンテナたち。
ドアはもう開いていた。
中は広い空間だった。高い天井。石壁に沿ってワークベンチ、モニターアレイ、機材ラックが並ぶ。少なくとも十数人の研究員たちがステーション間を行き来していた。はんだ付け、キャリブレーション、設計図を巡る口論、機械のハミングが途切れない。中央に大きなコンピューターとサーバーが並ぶガラス張りの部屋があり、その中でも研究員たちが作業をしている。
そしてあらゆる面に、カオス。美しく、堂々とした、弁解なきカオス。ワークベンチの上、腹を見せた半完成のスピーカーキャビネットからオシロスコープまで配線が伸びている。その隣にピアノの鍵盤。コンピュータのキーボードではない、本物の鍵盤。内部がすべて真空管に置き換えられ、琥珀色に整列して光っていた。アナログの温かみについて強い意見を持つ誰かの仕業。その上の棚では、二つの電磁コイルの間に、目に見える支持構造なく、かぼちゃが浮いていた。ゆっくり回転している。誰もこれを不思議だと思っている様子はなかった。
ミス・キャスリングがかぼちゃを凝視した。
「聞かないでください、」通りすがりの技術者が足を止めずに言った。
床面のワークベンチの間を、小さなグレーの何かが走り抜けた。ネズミ。機械式。滑らかなシルバーグレーのボディ、小さな黒い目、アンテナの役割を果たす尻尾。首元にツイードの蝶ネクタイ。
ウィスキーの足元で止まった。見上げた。
「サージェント。」
「スリーピー。」
「久しぶり。」
「久しぶりです。」
そのネズミのスリーピーがひげを一度ぴくりとさせ、振り返り、ラボのカオスの中へ駆け戻っていった。
「今のネズミ?」彼女がウィスキーを見下ろした。「あなた猫でしょ。ネズミと同僚なの?」
「応用技術ラボは種族による差別をしません。」
ラボの奥から声がした。
「おお!サージェント!」
ドクター・アルジュン・ハイドがモニターの壁の向こうから現れた。長身。痩身。こめかみに入った白髪は、脳が長時間オーバーヒートし続けた結果、冷却システムが頭皮から排熱を始めたことを示唆していた。襟元までボタンを留めたシャツの上に白衣。丸い眼鏡。その奥の目は動きすぎる。処理し、分類し、触れるものすべてを分解して、本人にしか論理的でない形に再構成する目。
ロンドン警視庁応用技術ラボ責任者。ウィスキーを造った男。
ハイド博士がウィスキーを両手で抱きしめた。ウィスキーを見る表情が、紛れもなく温かい。自分が造ったものを見て、まだ驚嘆する男の表情。
「調子はどう? ドリフトは? レイテンシは?」
「セカンダリ・アレイに0.003パーセントの周波数ドリフト。無視できる範囲です。」
「君について無視できるものなんか何もないよ。」ハイド博士が微笑んだ。それから顔を上げてミス・キャスリングを見た。「警部補でいらっしゃいますね。わざわざお越しいただかなくても、ロイヤルメールで十分だったんですが。」
彼女がちらりとウィスキーを見た。
ウィスキーの耳がぺたんと伏せた。「クラス7機密部品です。規定により警部補以上の直接手渡しが必要でした。」
ハイド博士がウィスキーを見た。「そうなんだ?」穏やかに微笑んだ。「まあ。届けてくださって、ありがとうございます。」
「来てよかったわ!」彼女が12袋のうち一つを掲げた。「途中でマシュマロ工場を見つけたの。」
ウィスキーが棚から何かが落ちるのを見た猫の切迫感で、ハイド博士に向き直った。「到着の遅延はワイト・マロウ社への予定外の立ち寄りが原因です。認可された作戦行動ではありませんでした。」
ハイド博士は袋を見ていた。「それラベンダー?」
「ラベンダーよ!」
「絶品でしょう?」
「絶品!!」
ウィスキーの耳が3つのポジションを巡った。前方、横、ぺたんこ。ぺたんこで止まった。
「さて、」ハイド博士が言った。「モジュールを見せてください。」
ハイド博士がメインのワークベンチにスペースを作った。基板の山、銅線のコイル、そしてどのケトルも想定していない目的のために改造されたらしいケトルを移動させて。
彼女がチタンケースをベンチに置いた。ハイド博士が開けた。フォームの中に、不具合の部品があった。小さい。銀色。ドミノ牌ほどの大きさと形。沈黙している。かつて発していたハミングは消えていた。
ハイド博士が光にかざした。回した。あの動きすぎる目が、一瞬だけ、静止した。何かが本当に興味を引いた時にだけ起きる、あの静止。
「ふむ。」脇に置いた。「ちゃんと調べるのは後にしよう。まず、交換品。」
ワークベンチの下の引き出しを開け、二つ目の部品を取り出した。形は同じ。だがこちらは生きていた。かすかなハミング。音というより感覚に近い。ワイングラスに指先を触れたときの、まだ弾かれていない音符の気配のような。
ハイド博士がウィスキーに向き直った。「ベンチに、サージェント。」
ウィスキーが一回の正確な跳躍で作業台に飛び乗った。座る。耳を前に。
ハイド博士がウィスキーの背中下部のパネルを開けた。知っている場所を正確に押さなければ見えないほど精密な継ぎ目。中に空洞。空。モジュールがかつて住んでいた場所。
新しい部品を空洞に収めた。
カチッ。
ハミングが変わった。深く。豊かに。部品がハウジングに収まる。ずっと待っていた鍵穴に鍵が回るように。
ウィスキーの耳がぴくりとした。両耳同時に。プラッシュ全体を走る全身再キャリブレーションの波。微かな震え、来て、去った。
「どう?」
「……完全です。」
ハイド博士が微笑んだ。「よし。簡単な診断を走らせます。15秒。」
コンソールに手を伸ばした。
「開始。」
地面が揺れた。
コンソールではない。ラボではない。地面が。低く重い振動が、すべてのワークベンチのマグカップをガタガタ鳴らし、浮いていたかぼちゃを軸の上で揺らした。
ラボの全員が止まった。十数の頭が窓に向いた。
二度目の振動。長い。深い。音が伴った。遠く、高まる、大地が何か深く後悔するものを食べてしまったような。
彼女が窓に駆け寄った。
小道の先、800メートル向こうで、ワイト・マロウ社の工場が膨らんでいた。白い壁が外に向かって呼吸する。それまで上品な湯気を出していた煙突が、マシュマロを射出していた。虹色の塊が、スローモーション花火のように空に飛び出し、膨らみ、屋根と周囲の野原に降り注ぐ。
そして正面ドアが弾け飛んだ。
うねるように出てきた色とりどりのマシュマロが全方向に膨れ上がり、駐車場が虹色の池になり、川となって緑の田園を横切っていく。自分が何をしているかわかっていないが、陽気で無邪気に進んでいく。
ハイド博士が彼女の隣の窓に現れた。丸い眼鏡に甘い雪崩を反射させ、目を見開き、口がわずかに開いて。
「……ファンタスティック。」
背後の技術者が言った。「博士、あれマシュマロ工場ですよね?」
「まさにマシュマロ工場だね。」
彼女がガラスに顔を近づけた。「美味しそうだけど。私だけ? あれ、流れすぎじゃない?」
「とんでもない量のマシュマロだ。」ハイド博士は満面の笑みだった。
ウィスキーが窓際に現れた。その頭の上に、スリーピーが乗っていた。小さく、グレーで、完璧にバランスを取り、巨大マシュマロの進行を、このラボではもっと変なものを見てきたネズミの冷静な黒い目で眺めている。
「ハイド博士。出動しますか。」
ハイド博士の笑顔が、もう少し真剣なものに変わった。「新しいモジュールの周波数が工場の製造システムと共振している可能性がある。同じ周波数、違う機材、共鳴振動だ。」ウィスキーを見た。「つまりサージェント、君はここで待機。工場に近づくと悪化する。」
ウィスキーの耳がぺたんと伏せた。「了解です。」
ハイド博士が手を伸ばした。スリーピーがウィスキーの頭から白衣の胸ポケットに飛び移った。小さな耳二つとシルバーのアンテナがポケットから突き出ている。とても小さくてとても注意深い潜望鏡のように。
「ハリス、オコンクウォ、チェン、一緒に。残りはここで監視。」ミス・キャスリングを見た。「警部補も、いかがです?」
「ダーリン、見逃すわけないでしょ。」
小道を走った。ハイド博士、技術者3人、そしてプラットフォームブーツのドラッグクイーン。反対方向からマシュマロが迫ってくる。
工場は完全に降伏していた。マシュマロがあらゆる窓、換気口、あらゆる隙間から流れ出てきた。ただ、ただ、ゆっくりと規則正しく釜の動きに合わせて製造されあふれていく、ゴーストバスターズの映画に出てきたマシュマロマンのように立ち上がるでもなく。ジャンが車の屋根の上に立っていた。エプロンは白。髪はラベンダー色。祖父の代から続くこの工場で、自分は何を間違えたのか考えていた。答えは出なかった。他の従業員たちもマシュマロまみれの作業着のまま、溢れ出る白い洪水を見つめていた。怪我人はいない。警察を呼ぶべきか、消防車を呼ぶべきか、誰も判断できない。
「止まらないの! 電源切っても動き続けてるの!」
「機械が共振ループに入っている、」ハイド博士が言った。自分に向けてのほうが大きい。「メインの製造コンソールに行って稼働周波数を変える必要がある。それでサイクルが切れます。」工場の入り口を見た。マシュマロはドア枠の胸の高さまで来ており、まだ増殖中。「コンソールは工場の中央。人間じゃ無理だ。」
ハイド博士が胸ポケットに手を入れた。
「スリーピー。」
ネズミがポケットから見上げた。ひげがぴくりと動いた。
「メインの製造コンソールの中に入ってくれ。周波数制御ボードにアクセス。やるべきことはわかるね。」
スリーピーがポケットから出て、ハイド博士の腕を駆け下り、地面に降りた。一瞬、小さなシルバーグレーの体が静止した。目の前のマシュマロの壁を見定めている。
そしてスリーピーが走った。
マシュマロに真っ直ぐ突入。消えた。飲み込まれた。虹色の塊にネズミサイズのトンネルが一瞬だけ見えて、すぐに塞がった。工場のどこかで、非常に小さなロボットが、正気を失った機械の内部を、非常に特殊な技能で進んでいる。
「大丈夫なの、あの子、あの中で?」彼女が聞いた。
「スリーピーは稼働中のジェットエンジンの内部で作業したことがあります。」ハイド博士が言った。「マシュマロ工場は休暇です。」
ミス・キャスリングが工場裏の野原の端に立って、待っていた。ここのマシュマロは膝の深さまである。
音。小さい。高い。かすか。
彼女が見下ろした。
オークの木の根元、半分マシュマロに埋もれて、巣が落ちていた。そして巣の中に、赤リスの赤ちゃん。白くて、ベタベタで、バニラの匂いがする災害に覆われていた。小さい。目はまだほとんど開いていない。マシュマロ漬けで、赤茶色の毛はべっとりとくっついている。ひとりぼっちで手足をバタバタさせて母リスにしがみつこうとしていたが、母リスの姿はなかった。
「あっ……」
彼女が膝をついた。赤ちゃんリスが震えていた。その口から出た音は、音と呼ぶにはあまりにかすかだった。最大級の大惨事に対する、最小限の抗議。
彼女は考えなかった。
手を伸ばした。ウィッグを外した。ブロンドのウィッグ。シグネチャー、鎧、自分を完成させるもの。それを巣のように開いて持った。
そっと、とてもそっと、赤ちゃんリスを壊れた巣からすくい上げ、ウィッグの中に置いた。小さな体がブロンドのカールに沈んだ。マシュマロでベタベタの前脚が人工の髪の毛を掴んだ。震えが緩んだ。
「大丈夫。大丈夫よ、ちっちゃいの。」
立ち上がった。赤ちゃんリスはブロンドに埋もれていた。ほとんど見えない。ウィッグの繭から覗く赤い鼻先と二つの黒い目だけ。
赤ちゃんリスがくしゃみをした。マシュマロの欠片が一つ、鼻から飛んだ。ミス・キャスリングが溶けた。
ハミング。深く、共鳴する音が地面を走った。そして止まった。
地鳴りが止まった。マシュマロが膨張を止めた。
静寂。
工場の入り口から、小さなシルバーグレーの姿がマシュマロの中から現れた。スリーピーが駐車場をトコトコと横切ってきた。流れるマシュマロの川をうまく避けながらハイド博士の足元で止まった。
ハイド博士がしゃがみ込んだ。
「状況は?」
「2.4ギガヘルツ。安定。」
スリーピーはハイド博士の肩にジャンプしてもう一度言った。
「2.4ギガヘルツ。安定。」
「え?Wi-Fi?」
オコンクウォが吹き出した。チェンが口を押さえた。ハリスはもう笑っていた。
ハイド博士が顔を上げた。にこにこしている。問題を解決し終えて、もう次のことを考えている男の、温かくて泰然とした笑顔。
「標準周波数です。最初からこれであるべきだったんですが。」スリーピーを拾い上げ、胸ポケットに戻した。
ジャンが車の屋根から降りてきた。「終わった……の?」
「終わりましたよ。」ハイド博士が立ち上がった。「工場は完璧な稼働状態です。むしろ前より良くなったかもしれない。」
ジャンがマシュマロを見た。道路を。野原を。自分の工場が、自社製品に半分埋もれているのを。
「……そう。」
島の赤リス保全チームが1時間以内に到着した。カーキ色の服を着た女性が、赤ちゃんリスを、まだウィッグに入ったまま、受け取った。何が犠牲にされたのかを正確に理解している人間の、丁寧な敬意で。
「保護しますね。」ウィッグを見た。「これ、お返ししましょうか?」
彼女はウィッグを見た。マシュマロ。小さな爪痕。ウィッグにしがみ付くリス。
「……あげるわ。気に入ってるみたいだから。」
女性が微笑んだ。ブロンドのカールに包まれた赤ちゃんリスは、眠っていた。
午後4時半、ワイトリンクのフェリーがフィッシュボーンを出た。
ミス・キャスリングがアッパーデッキの手すりに立っていた。チタンケースなし。ウィッグもなし。風がウィッグキャップの端をめくり、きっちりと編み込まれた地毛とボビーピンの列が午後の陽光に光った。足元に12袋のマシュマロ。作戦の唯一の生存者。
彼女はノッティングヒルのトートバッグから携帯用の抹茶ラテのインスタントを取り出した。船内のカフェでお湯をもらい、紙コップに入れ、ワイト島で手に入れたマシュマロを4つ浮かべた。白いバニラ味、ローズピンクのラズベリー味、オレンジに輝くパッションフルーツ味、それから薄茶色の塩キャラメル味。緑の海に不意打ちで飛んできた虹の島が浮かび、少しずつ抹茶の深海に埋もれていく。一口飲んだ、ほっとした。
下の階で、4人家族がこちらを見ていた。子供たちがひそひそ話している。母親は見ていないふりをしている。父親はふりをすることを完全に諦めていた。
彼女はスパンコールコートを整え、顎を上げ、ウィッグなしでフェリーに乗るのは毎週火曜日の習慣であるかのように前方を見据えた。
ワイト島が後方に小さくなっていた。
丘の上はまだ緑で、港はまだグレーだった。だが島の中央、野原と道路と工場があった場所に、誰も注文していないケーキのアイシングのように、巨大な虹色の毛布が広がっていた。
島のあちこちはカラフルなマーブル色に変わっていた、到着した時とは別の絵葉書に変わった。
ウィスキーが後ろ脚で隣に立ち、前脚を低い方の手すりに載せていた。青い目が遠ざかる島を見渡した。
「ミス・キャスリング。」
「ん?」
「ワイト島の人口は約14万1千人です。現在のマシュマロ被覆率は島の総面積の推定18パーセントです。」
彼女はもう一度、島を見た。ウィスキーを見た。
「そしてMでいっぱいになった。」彼女はクスッと笑って続けた。「クリスティーが見たらびっくりするやつ。今晩、夢にマシュマロお化けが出てきそうだね。食べても食べても増え続けるやつ。」
彼女はそう言ってほとんど紫に近くなったマシュマロ入り抹茶ラテを飲み干した。
沈黙。フェリーのエンジンがうなる。ソレント海峡がどこまでもグレーに平たく広がっている。
袋を拾い上げた。12袋。塩キャラメル、パッションフルーツ、トーステッドココナッツ、島限定ラベンダー、バニラ、ラズベリー。
「行くわよウィスキー。ロンドンが待ってる。」
歩いていった。ウィッグなし。マシュマロ染み。スパンコールの輝きは落ちたけれど、肩は真っ直ぐ。
クイーンに髪なんかなくても、入場はできるのだ。
つづく
次回:「ウニなのか?栗なのか?それが問題だ。ウィスキー危機一髪。」
今日のミス・キャスリング
お気に入り:
- コート:紫のスパンコール、フルレングス
- ウィッグ:ブロンド、肩丈
- つけまつげ:フォーミンク
- ファンデーション:MACスタジオフィックス、3層
- ブーツ:20センチプラットフォームヒール
今日の犠牲:
- ウィッグ。赤リスの赤ちゃんに寄贈(帰路はウィッグキャップとボビーピンのみ)
ウィスキーのログ
- ハイド博士と再会(応用技術ラボ、ワイト島)
- スリーピーと再会
- ハイド博士とミス・キャスリングがラベンダーマシュマロで意気投合
- モジュール交換:下部胸郭共振ユニット(不具合品→新品)
- 交換後の周波数ドリフト:セカンダリアレイ0.003%(無視できる範囲)
- 異常検知:ワイト・マロウ社工場機械との共振同期
- 解決:スリーピーが内部アクセス、2.4ギガヘルツ
- 出発時の島のマシュマロ被覆率:18%
- 規定によりクラス7部品を警部補階級の警察官同伴で運搬。事後考察:ロイヤルメールで十分であった。次回の参考まで。
本作品はフィクションです。登場する人物・団体・場所・出来事はすべて著者の創作であり、実在のものとは一切関係ありません。